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COWBOY CARTER

COWBOY CARTER

「ジャンルって、おかしな考え方じゃない?」と、「SPAGHETTII」の冒頭でそう笑い飛ばすのは伝説的シンガーのLinda Martellだ。もしかしたらMartellの名は一般的にあまり知られていないかもしれないが、その事実こそが彼女の指摘を証明しているといえよう。Martellはカントリーミュージックの公開ライブ放送番組『Grand Ole Opry』に出演した初の女性アフリカ系アメリカ人だったが、1960年代にソウルやR&Bからカントリーの領域に参入しようとした彼女の試みは人種差別主義者の反発を招き、やじから追放運動までのあらゆる攻撃を受けた。Beyoncéにはその気持ちがよく分かる。いつになく弱気なインスタグラムの投稿で、8作目のアルバムがブラックカントリーミュージックの歴史を掘り下げることからアイデアを得た作品だと説明した後、自身も似たような歓迎されない雰囲気を痛感したからだ。そのアルバム『COWBOY CARTER』は80分にわたって、Linda Martellのような先駆的なアーティストと、そのアウトロー精神を壮大にたたえるだけでなく、音楽を一つのジャンルに還元してしまうことのつまらなさを堂々と証明してみせる作品だ。前述の投稿にはもう一つ、重要な宣言があった。「これはカントリー・アルバムじゃない。これはBeyoncéのアルバムだ」というものだ。そこにはキャッチーなスローガン以上の意味があり、単にホンキートンクのコスプレを期待していては、それよりはるかに豊かで複雑な要点を見過ごしてしまうことになる。2022年の『RENAISSANCE』から始まった3部作の第2作にあたる本作にしっかりと耳を傾ければ、長年にわたって絶えず人並み以上の成功を手にしてきたBeyoncéはここで単に「カントリーになった」のではなく、そもそもカントリーとは何なのか、つまりカントリーと呼ばれるのにふさわしいのは誰なのかかを問いただしていることがはっきりするだろう。「AMERIICAN REQUIEM」で、ヒューストン出身の彼女はテキサスの赤土のように土臭く太い歌声でこう歌う。「話し方がカントリー過ぎると言われてきたのに/今度はカントリーとは認めないと拒絶された(Used to say I spoke too country/And then the rejection came, said I wasn’t country enough)」。そしてここでまた、過去の「Formation」などの曲でやってきたように、自身の家系がアラバマのムーンシャイナー(酒の密造者)やルイジアナのクレオールとつながりがあることに触れ、「それがカントリーじゃないっていうなら、何がカントリーなのか教えてよ(If that ain’t country, tell me what is)」と疑問を投げ掛ける。さりげなく、かつ自信たっぷりに、彼女はカントリーをブラックアメリカンミュージックの一つの支流、つまりゴスペルやブルースから生まれて一緒に進化してきたストーリーテリングの一様式として位置付けてみせる。「16 CARRIAGES」の哀愁漂うペダルスティールギターとゴスペルオルガンに乗せて語るのは、10代から働きずくめで、功績を残そうと必死になる完璧主義者の大人へと成長してきた自身の物語であり、そこには家族に負わされた精神的苦痛も見え隠れする。「YA YA」では間口を広げ、ザ・ビーチ・ボーイズを引用したりプレイボイ・カルティをこっそり滑り込ませたりしながら、アイク&ティナ・ターナーにおける両者の役割を演じるようにして最高に血気盛んで原理主義的なロックンロールを鳴らし、「私の家族はアメリカで生きてアメリカで死んだ/古き良きUSA/星条旗には大量の血が染み付いてる/歴史は消せない(My family lived and died in America/Good ol’ USA/Whole lotta red in that white and blue/History can’t be erased)」と悲痛な声で歌う。また、Patsy Clineのスタンダードをジャージークラブのビートに乗せて歌う「SWEET ★ HONEY ★ BUCKIIN’」には、同じくジャンルを超越したシャブージーが歌うバースもあり、『RENAISSANCE』のグラミーでの不運について「もらえなかったアルバム・オブ・ザ・イヤー/それを自慢にもしない/じっと耐える/戻って来て檻をめちゃくちゃにしてみせる(AOTY I ain’t win/I ain’t stuntin’ ’bout them/Take that shit on the chin/Come back and fuck up the pen)」と手短に触れてもいる。Beyoncéの他に一体誰が、アメリカンミュージックの歴史の集中講座を今年最高のパーティーのように盛り上げることができるというのだろうか? 本作にはフリートウッド・マックを彷彿(ほうふつ)とさせるマイリー・サイラスとのデュエット「II MOST WANTED」に続いて、ポスト・マローンとタッグを組んだ「LEVII’S JEANS」という、夏のスローダンスに不可欠なナンバーのワンツーパンチがある。そして「RIIVERDANCE」では、バンジョーを多用しながらも、『RENAISSANCE』での多幸感に満ちたハウスのバウンスを復活させ、「II HANDS II HEAVEN」は1990年代エレクトロニカのフワフワとした浮遊感の中で、暴れ馬とキャンディ塗装の24インチ・スピナーホイールを交互に乗りこなしてみせる。他にも思わずカントリーダンスを踊りたくなる短い曲や、人殺しのバラッド、父親の問題、ウイスキー味のキス、二日酔いのハッピーアワー、コーンブレッドにグリッツ、ビートルズのカバー「BLACKBIRD」や、ラジオ風のブレイクもあり、さらに「DAUGHTER」では自分の代わりにアルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞したアーティストに向けたと捉えてもおかしくない歌詞がある。加えて、ドリー・パートンお墨付きのBeyoncé流「Jolene」もあるが、ここでの主人公は自分の男を奪おうとするジョリーンに「お願い」と言うことも懇願することもしない。代わりに「安心していられるかどうかはあなた次第よ、ジョリーン(Your peace depends on how you move, Jolene)」とBeyoncéは冷たく言い放つのだ。これはジャンルを蹴り飛ばして踊るダンスなのか? チェスの一手? あるいはレクイエムだろうか? それをやってのけられるのは、この上なくカントリーな『COWBOY CARTER』をおいて他にない。

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